赤緑黒白

 タイトルから、「ああ森博嗣だね」と思った方、良いお酒を飲めそうです。
 ということで(?)、先日の日記にも書いていましたが、森博嗣さんの『赤緑黒白』を読了しました。これでVシリーズは読破したわけですが、森さんのシリーズ化している作品について考えれば、やっと半分くらいでしょうか。高校の時分に友達からゲームの『すべてがFになる』を貸りた頃から森さんの作品はファン(と言っても冊数は少ないです)なのですが、つまりはもう作品に触れてから8年は経過しているんですが、S&Mシリーズを読み終えたのは昨年です。更にいえば、S&Mシリーズを揃えたのは7年前という話で、自分にしてはとてもとてもとても気の長い読み方をしています。
 いやまあ、自分は保呂草さん以上に飽き性なもんですからね。ただ一方通行では無くて、折を見て戻ってくることもできるので、飽きたとして区切りをつけて、別の視点を持たせたりとか、「お楽しみ」にしたりとか、そういう方向にも活用できて良いのですが。
 森さんの作品と言うと、一般的に有名なのは『スカイクロラ』でしょうか。押井守監督が撮ったアニメーション作品で一時期だいぶ話題に上っていたかと思います。S&MやVシリーズは推理ものです(としておきます)が、スカイクロラはファンタジー+航空機による近代戦闘、ですね。あちらも、(まだ全ては読み終えていませんが)小説と映画は見ました。映画は色合いや雰囲気とか、良かったと思いますよ。自分が押井ファンであるから、という補正も込みの評価ですけどね。
 さて、森さんの作るストーリーにおおよそ共通するのは、所謂「天才」が出てくることでしょうか。あるいは「異常者」だったり「社会不適合者」が出てくること、でも良いかもしれません。それに類するキャラクタは、最初から社会的な常識やルールと疎遠であるということではなくて、その頭脳の質に由来して、それらから外れている、という形だと考えています。例えば犀川創平、例えば瀬在丸紅子、例えばカンナミ・ユーヒチ。『奥さまはネットワーカ』も『少し変わった子あります』などもそうですね。『どきどきフェノメノン』や『ZOKU』はちょっと毛色が違いますが(笑)
 そういった「天才」らを書けるというのは、それだけで凄いなあと思ったりはします。自分も昔、小説ではないのですが、一時期ちょっとした物書きの真似ごとをしていたことがあるのですが、天才的なキャラクタを書く時、その頭の良さを成立させるのにだいぶ苦労した覚えがあります。作者の脳内に無いことは調べればある程度書けますが、能力として考えつかないようなことは書けませんからね。だから、森さんの描くキャラクタが好きであるという個人的な意見も込みにはなりますが、あんなキャラクタを書けるというのは、凄いなあ、と。本当に。
 それもあってか、自分の天才像というのは、記憶力や知識量の如何に問わず、処理能力のほうに重きがあります。そういった「天才」にあこがれる事も多いです。まあまだ実際森作品のキャラクタのような人に現実には会った事が無いので詮無い事なのですが。物語のキャラクタというのはそういうもので、あこがれというのもそういうものかもしれない、などと思いつつ、頭良くなりたいものです、えぇ。
 とまれ、次に読むのは四季シリーズかGシリーズです。四季シリーズの主役は真賀多四季のようなので、もしかしたら先に(?)Gシリーズを読むことになると思います。感情移入しやすい性質なので。だから飽き性なんでしょうけどね。とまれ、四季さんの話は、色々と重いですから、折を見つつ機会を見つつ。