温故知新

 先だっての東日本大震災では、津波の映像に一番驚きました。ハイチ大地震の時に幾つか動画は見たのですが、実際に日本という土地であそこまでのパワーを見せつけられると、改めて威力を再認せざるをえませんでした。本当は、最初のうちはそんなでもないだろうなんて考えてたんですけどね。街や田畑が瓦礫と泥水に埋もれていく様相は、流石に。
 自分の故郷である秋田は、その昔、日本海中部地震を被災したことがあり、その時も津波によって多くの死者が出ました。当時は津波に対する認識が今よりも低く見積もられており、「日本海側に津波は発生しない」という話もあったことで被害が拡大したということもあるようです。Wikipedia曰く「俗説」だそうですが、そうはいっても現状の原発の問題周辺における根も葉もない話を根拠にした差別を考えると、その影響というのも強い、そして今も変わらないものなのだな、と思います。

東日本大震災:先人は知っていた 「歴史街道」浸水せず – 毎日jp(毎日新聞)

 さて、毎日新聞さんの記事です。
 “仙台平野で、浸水域の先端が、江戸時代の街道と宿場町の手前に沿って止まっていることが、東北大の平川新教授(江戸時代史)の調査で確認された。”とのことでして、江戸期の都市計画が防災のために整えられていた可能性を示唆するものだったという話ですね。この他にも、三陸海岸の漁師街には、高台に石碑が作られており「この下には住むな」という文字が書かれていた、というニュースを以前目にしました。
 「俗説」はおおよそプラシーボ効果以上のものを発生しないものが多いですが、先人が本当に苦しみ、その対応に頭を捻って作り上げられた「事実」は、そうではない、ということでしょうか。そうした部分を今一度、丁寧に掘り起こし、温故知新として考えてみることも、今後必要になることかもしれません。
 自分は史学者ではないのですが、例えそうでなくとも、古い事実を知る/学ぶことは大事なことなのだろうと、改めて思いました。